フレシネの二〇〇一年の印刷媒体広告は、シックな女性がローマのカフェに脚を組んで座っている姿をバブリーに描いたもの。スタイリッシュなボブ、大きな黒のサングラス、三連パール・ネックレス、華奢な黒のドレス、シャンパン・グラス、そしてガツンとひと蹴りしたら木の板だって穴が開きそうなほど先の尖った靴。この女性の最も印象的なところは、足元に置かれたクロコダイルのバッグではなく、針金のように細い四肢だった。脚も腕も同じ棒みたいな太さ。これが生身の女性だったなら、立とうとした瞬間に、その華奢な足首は大きな真珠のネックレスの重みで聞違いなく折れていたことだろう。同様に、二〇〇一年のスティーブ・マッデンの印刷媒体広告とテレビ広告キャンペーンには、コンピュータでデフォルメしたモデルが使われていた。どでかい頭にバカでかい目、極細ウエスト、長い長い脚。まさに、そんなちっぽけな体じゃ巨大な頭は支えられないだろうという感じのロリポップ・ガールズ。この画像は、数あるショッキングな拒食症擁護派のウェブサイトに掲げられた写真―女の子たちが、モデルや女優の写真を画像処理して、さらに細く見えるようにしたもの―に気味悪いほど似ていた。では、それは無責任な広告だったのだろうか?いや、そんな体型を現実的なものとみなす少女がいたら、それこそどうかしている。だが、こうした広告という細い糸がより合わさって、〈痩せ=カッコいい〉というイメージのギルドを織り成していることには違いない。